満州開拓 富貴原郷開拓団の記憶

満州開拓-富貴原郷開拓団の記憶 - 箕輪町郷土博物館開館40周年記念冊子 - 箕輪町図書館蔵書のデジタルアーカイブ


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―虱とり?宮下:朝。―それは自分達でとるの?松沢:そう、自分でとるの、ハハハハ…。宮下:弟の、勝っちゃの虱をいっぱいとってやった。松沢:だって藁の中に寝て、お風呂も入らなんだんだもの。着たきりずら、着替えは無いしねえ、虱も湧くよありゃあ、ねえ。そいで朝飯を食べて、そうして匪賊が来るの。―恒例の物盗りに?その時に男の人達が前に?松沢:前に来てねえ。ほいだもんで男の衆だって大変だったのね。―そのたびに叩かれたり…。宮下:叩かれた。松沢:あの馬のねえ、馬を叩くムチがあるじゃん、あれで叩くんだに。宮下:ミミズ腫れしてたなあ。松沢:植田さんなんて気の毒だったよ、あの人一生懸命庇【かば】ってくれてねえ、本当に。松沢:ずうっと毎日来てたねえ、天草に居るうちじゅう来てた。宮下:ほいであれはチチハルの兵隊さんが来て助けてくれたんだに。松沢:団にねえ、いよいよ金が無くなっちゃったのよ。団の貯金があった金で、粟を買ったり馬鈴薯買ったりしてねえ、みんなが食べてたんだけえど、いよいよ団に金が無くなっちゃったの。ほいでもうチリジリバラバラにならにゃあっちゅうことで、あれだね、あれあの人がねえ、なんだいありゃあ、片桐さんじゃねえわ、ちょっと忘れちゃった。宮下:白鳥さん。松沢:白鳥さん、あのおいさんはねえ、中国語を知っててねえ、いろいろと、その人が交渉をしてねえ、ほいでおめはあっち行け、おめはこっち行けって…。―割り振って?松沢:羽広のねえ、何だったなありゃあ、みね子さん…。宮下:林みね子さん。林周平さんの兄弟。―白鳥さんがあっちへ入れと…。松沢:白鳥さんはねえ、中国語知ってたと思うんだよ、私知らんけえど、ね。ほいでその人がねえ、何かそういう中国の偉い人だか何か話してねえ、ほいで割り振れたんだに、おめはあっち行け、おめはこっち行けって。ほいだけど、どういう風だかねえ、私よく知らねえけえど。宮下:ほいだもんで勝っちゃと伊澤さんはあれずら、俺達はこっち行くかっつって蒙古の方へ行ったのよ。松沢:わし達はねえ、わしと今の倉田さん、ほいて植田さん夫婦とねえ、鈴木さんの家族とねえ、ほいで西川さんちゅう人が居たんだよ。その人とねえ、ほいて桐原さんの兄さん、その人と一緒になったよ。―それが蒙古の屯長さんの?松沢:蒙古じゃない。中国の。―満州?松沢:満州の、何ちゅうのかねえ、偉い人だよ、町長だか…。―今でいう村長みたいな?宮下:そうそう。松沢:そういうところのねえ、苦力(クリー)をねえ、男の衆が苦力をして、ほいてわし達をねえ、給料をいただかなんで、わし達を食べさせてくれたの、みんな。ほいでねえ、昼間はねえ、麻の皮ね、麻をこうやって剥くんだよ、こうやって皮を、そういう仕事をしたよ。―それは女性もしたってこと?松沢:ええ、わし達がしたよ。宮下:わしはねえ、えらい目にあったんだよ。―宮下さんは誰と一緒にどこに?宮下:わしは伊澤さん(伊澤清一氏)と、弟の勝彦と、向山さん。向山一雄さんのおばさん(奥さん)の弟だ、伊澤さんは。こないだ来たじゃん。向山さんのおばさん(松子さん)と兄さん(向山保氏)の嫁さん(向山行子氏)。花岡に居たもんで。―松子さんの弟が伊澤さんなんですよね。―ここ(※名簿)にねえ、向山家の写真があるんですよ。※写真を見せて宮下:これは伊澤さんの衆ずら、向山さんだもの。(向山さんは)兄弟で行ってて、おばさん(向山行子氏)は帰る時に、あの子供を背負ってたけど死んでたの。もう死んでるのを知ってたけえど…。松沢:海へねえ、海葬したんだに。宮下:中国へ置いていくの嫌だっつって、船に乗ってから流したの。―帰って来る時に?宮下:帰って来る時に。―それはどこで亡くなったんですか?宮下:どこで亡くなったかなあ。松沢:乗ってる時ずら、汽車じゃない。宮下:汽車に乗ってる時だと思うよ。


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