満州開拓 富貴原郷開拓団の記憶

満州開拓-富貴原郷開拓団の記憶 - 箕輪町郷土博物館開館40周年記念冊子 - 箕輪町図書館蔵書のデジタルアーカイブ


>> P.27

青年を送り、その足で思い出の部隊へ行ってみましたが、何となく青年の言った事が本当のように思われました。落ち着かぬ気持ちで数日を過ごしました。妻からの便りにて大体の男の人達に召集が来て、残る男の人は年を取った人ばかりと知らされました。私もこれまでと思い、誰にも言わずに毒薬を持ち出して来ました。場長さんには団の様子を話して七月中旬に帰りました。団に帰って一ヶ月で終戦でした。そして最後の時にはこれを飲んで日本人らしく死すようにと一人一人に配りました。子供達でも一人として死を恐れていませんでした。幸いにもその薬を使用する事なく済みました。あの時の事を思い出しますと身の縮む思いがします。中国の青年の事が思い出されます。彼の親切な忠告、それを信じて帰った自分、今日ある我が家は張青年のおかげと思います。彼が今どこに何をしているか知るすべもありませんが、思い出して彼に感謝しています。うた日記抄田中みのる入植北満の黒き大地にふかぶかと吾が初鍬は勢いに打つ十八年六月協働の除草を終えし大根畑に入陽あかあかと影ながくひく十八年九月応召妻と妹が小指を割って血に染めし日の丸の旗胸におさめる十九年二月朝霧の底に静もる黒信子よ今しさらばと丘を越え行く十九年二月黒河民族の興亡ここに幾変転黒龍江一季の春がすみかな十九年五月国境の夜は明け始めて義勇隊の礼拝の声若くさやけし十九年六月宮古島明治節今年は芭蕉の花と実と蛍とびかう常夏の島十九年十一月南海の孤島に病みて真昼間の片割れ月はただほの白き二十年六月戦いはついについに兵吾等肩いだきあい咽び泣きする二十年八月十六日野便所に陰部さらしてこと切れし戦友(とも)を悲しむ気力すらなく二十年十月思い出岡石子戦争は恐ろしい。そして敗戦の哀れ、又みじめさ。第二の祖国建設に心を燃して、あの遠い大陸に渡った。幾多の日本人、希望はみんな立派でした。寒い国、又不自由な生活にも不服もなく、将来の楽しみを胸に一生懸命だった。開拓団又は義勇隊の方々もみんな同じ思いだったと思われた。昭和二十年八月十五日、一生忘れられない終戦の思い出は、日本人として国内外に住む人も同じ思いだった事でしょう。すべての希望も夢もみな今は悲しい夢と心に残る事でしょう。八月十九日、それまでは何の連絡もつかない不便な太平溝富貴原団も、多くの出征兵を送り出し、後に残った家族も、いつもの平和な姿でした。その日第一部落としては、次の年の団の小麦の種を責任を受け私の麦刈りでした。黄金色とはあの色、きれいに実った小麦でした。部落の婦人だけで刈り始めました。午前中も無事終わり、さて昼食にとみんな家路に向う際、川山屯に住んでいた桐原先生が、大輪車の上に少しの荷物と子供を乗せて下りて来た。そして私達に、「匪賊だ、早く帰って食べ物の準備や一時の着る物の支度をして本部に集まる様に」と気忙しく叫んだ。しかしあの当時、匪賊とはどんな事か知らなかった。川山屯の原住民とも仲良しだったからである。兎に角忙しく家に帰り、少ない配給の中から少しずつ節約したお米を全部炊いてしまいました。そしてみんなおにぎりに作り上げた。お客さんや病人のために少しずつ残したお米も逃げる用意に残したかの様に。真っ白な御飯も久し振りだった。いつも混食に混食、残したお米であった。忙しまぎれに荷造りをした。結局原住民に持たせるのに簡単にしてやっただけでした。逃げる時は何も自分のものは一つも持つ事も出来なかった。突然花丘部落に銃声がした。その銃声が富貴原の人がみな別れ別れになってしまおうとは誰にも考えられなかったと思う。一先ず伊南に集まった。何日の後、本部の倉庫に火がついた。暗い雨の夜空に真赤に空をこがした。団員の食糧です。今は団員は食べるものも不自由になっていた。倉庫の火は何日か続いた。何の連絡もない毎日。私は毎日の様に土壁の外へ出ては出征した人の帰る日を待つのでした。土壁の上には日の丸の旗が今は無く、哀れな白旗が立てられる様になった。或る日トラックが伊南の方に来た。何人かの人が見えた。あの時にはうれしかった。誰でもいい団の出征者が帰って来てくれたらと心で喜んだ。しかしそれはあの当時阿栄旗に蒙古の警備隊があった、その人達だった。そして団の武器は全部警備隊に渡してしまった。初めて知った。敗戦がわかった。そして警備隊のいうのには、只二つの団が遠くては警備の仕様もないため、那吉屯近くへ集まる様にとの事にて、私たちはせわしく用意をして伊南を立つことになった。夜になって行軍がはじまった。伊南の人は何かと荷物があった。みんな車であった。富貴原だけは何もない。歩行を続けなければなりません。暗い夜道を声なく歩く私たち。富貴原の本部の前を通る時、倉庫の火はただ赤く、それは食糧の山がまだ燃えていまし


<< | < | > | >>