箕輪町誌(自然現代編)

箕輪町誌のデジタルブック 自然現代編


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わけではなく、表裏様々な接渉が行なわれたに違いない。感情的な対立から流血の惨事が起きたと言われるのOOOOOは、恐らくこの間のことであろう。突渉の難航したことが、次の誓約証の前書きからも窺われる。「誓約証字樽ノ尾沢濁水ハ一ノ沢川ニ合流シ、旧来用水ニ仕来リ候処、長岡耕地ハ往年呑用水ニ乏シキヲ以テ新堰ヲ疏通シ、呑用水ニ支用致度、累年示談方両小河内エ依嘱候得共、理論上或ハ彼是相反シ十全ノ示談不相成、数年間公私ノ論議ニ好結果ノプラザリシモ、実際上長岡ノ困難アルベキヲ深ク両小河内ニ於テ酌量シ、右樽ノ尾O沢平水ヲ分割シ、更ニ誓約ヲナス左ノ如シ」という前書に続いて、細部の規定は第一条樽ノ尾沢の定水の二分の一を長岡に分水する。揚水口は大滝上二聞の所に分析を設け、そこから霧沢山口まで寛で斜に疏通する。分析、寛を修繕する際には、双方立合の上で行なう。第二条干魁で一ノ沢川流末の南小河内の耕田が干る場合は、長岡への分水は差止める。呑用水に用いて残水がある場合、その使途については長岡に任す。第三条今後、両小河内と長岡との聞に関係する一ノ沢替水事件の証書々類が出てきても、それは一切無効とする。という内容のもので、後日違約のないよう誓約して、南小河内耕地惣代小林鑑兵衛外一一一名、北小河内耕地惣代丸山伊平外二一名、長岡耕地惣代山口九造外一一名と仲裁人として南箕輪村高木械三、清水平一郎、伊那富村村上伝吾朗、春宮惣衛の四名、上田門三郎と戸長の三井豊次郎等が署名捺印している。


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