箕輪町誌(自然現代編)

箕輪町誌のデジタルブック 自然現代編


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ラミ駆除とであった。食糧不足で母乳の不足する母親が少なからずいたが、ミルグに混ぜる砂糖の特別配給を申請しても、必要量の配給を受けることは容易でなかった。石けんも極端に不足し、灰の上水や糟を使って洗濯していた有様だったから、どうしても不潔になり勝ちで、今では見ることのできないシラミの繁殖が物凄かった。たびたび洗濯すれば布がいたむ。繕う糸や布は手にはいらない。駆除したくとも薬剤はない。仕方がないので、ふとんや衣類をつとめて日光に当てるように指導するよりほかなかったという。じんかい処理昭和四十五年一月、清潔法の改正により、松島、木下の全区、長岡団地、沢県営住宅が特別清掃地域に指定された。これら指定地域の塵芥は、町の責任において処理しなければならなくなった。このため町では、急拠中原の帯無川に沿った場所に、-五九万円余の予算で焼却炉の建設に着手し、完成と同時にロドバLカ一台(一L六二万円〉とダンプカー一台とにより、本格的に指定地区のごみ処理の出動を開始した。戦後の経済発展に伴って消費生活全般にわたる著しい向上変化は、一般家庭から多量のピン、缶類が廃棄される結果をもたらし、また人家も次第に密集し、特に団地などでは、残飯や野菜くず等勝手場のごみ処理が、主婦の頭痛の穫となりつつあったとき、町で定期的に処理するようになった。大きな救いであった。しかし、家庭から出るごみや危険物の量は、当初の予想を上まわり、近い将来焼却炉の処理能力をオーバーすることは確実とみられた。町では、伊那市六道原に伊那中央保健衛生組合(伊那市・箕輪町・高遠町・長谷村〉に加入し、四十六年十二月完成と同時にそこで処理することとなった。四十七年度におけるごみの持ち込み量は五五四トンで、一日平均一、五トン(収集日だけの平均では二トン〉となり、前年度を一OOとみた場合一五に当り、しかも今後も増加の傾向にあるが、処理能力は充分である。四十七年度町の負担金は三七万円であった。Oこうして箕輪町における、ごみ処理は順調におこなわれているが、負担金のほかに、人件費などもかなり嵩み七YO


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