箕輪町誌(自然現代編)

箕輪町誌のデジタルブック 自然現代編


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中箕輪消防組の設置明治二十七年の勅令による消防組の結成以来旧中箕輪村は各区に消防組が結成されたが、これを統一して中箕輪消防組を設置しようとする動きは時おりあったがその実現はなかなか見ることができなかった。しかし時代の要請はそのま与の姿でおくことを許さず大正十四年に至って当時の組頭、が先に立ち統一への方向へ動き出した。このことについて中箕輪消防組沿革誌に記載された事柄を抄出してみると中箕輪消防組ノ設置並一一変更一由来中箕輪村-一ハ明治二十七年七月以来沢、大出、八乙長野県告示第百八十五号松島、木下、沢、大出、八乙女、下古田、上古田、中原、富田ノ九消防組ヲ併合シ中箕輪消防組ト改メ左ノ通リ組織女、上古田、下古田、富田、中原、松島、木下ノ各区-一於テ独立ノ消防組ヲ設置セラレ各組員ノ努力ニヨリ順次堅実ノ発達ヲナセシモ時代ノ進運-一伴ヒ各消防組ヲ統一しγ一村一ケノ消防組トナシ一一層其ノ発達ヲ期スルヲ以テ良策トナスノ議数年前ヨリ一部組員村有力者等ニヨリ称へラレ文長野県警察部、伊那警察署等ヨリモ再三注意アリシガ其各組ノ歴史、習慣等一一支配セラレ其ノ実現容易ナラザリシガ大正十四年末ヨリ持ノ組頭福島市左エ門、矢萩文友、大槻文雄、唐沢関太郎、関善喜、柴喜栄、唐沢重人、向山治雄、向山馨、村長中坪納治、橋爪巡査部長、村会議員等諸氏ガヨク各組員ヲ説キ村民ノ了解ヲ求ムル等犠牲的努力ニヨリ遂ニ其統一ヲ実現シ得テ弦ニ各組ヲ解散シ大正十五年一一一月ヲ変更ス上伊那郡組曙名第四第三第二第部部部部中沢大字同上古同八乙語村村同村同富田、村岡女ノ田区岡松島原中下古R自域十木下長野県知事梅谷光貞普大正十五年三月二十六日二十六日長野県知事ヨリ中箕輪消防組ノ設置ノ指令ヲ得タリ・・・・・・以下略とあって明治二十七年以来三十三年を経て漸くその統一をみることができたのである。当時の県告示の写を掲げるととなっており人員については総組員六O一名右ヲ四部-一分チ其区分左ノ如シ第四三第二第一第部部部部一-恒国-圃圃園園圃‘-曙唱圃‘圃圃圃圃副‘一一一一00二一一一一一一三五四九九二三-/L¥ー一一占O三五六五-00五五部名組頭部長頭防手消言十


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