箕輪町誌(自然現代編)

箕輪町誌のデジタルブック 自然現代編


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る。この面の上を流下する帯無川、深沢川は下刻して段丘崖を形成し、流路に沿って沖積面を発達させている。帯無川では中原付近で比高が数しかないのに深沢川では大泉面と沖積面の比高が最大二M大泉面は天竜川に沿った単純な平坦面ではなく、西側の山地から押し出した扇状地が横に連なっているという印象が強く、天竜川に近くなるにつれて特徴が不明瞭になって、天竜川に沿った河岸段丘の特徴が強調されている。このことは単に地形ばかりでなく、たとえば火山灰を鍵層(標準)にして醸層の堆積時期を考えてみるとさらにはっきりしてくる。中原の稚蚕所の井戸の断面でみると、大泉面より約七低い帯無川沖M積面の地表から、深さ二までは醸層でその下に醸混りのロMLム層があり、深さ一・五で厚さ一一一佃の軽石層がある。この軽石層はMO伊那谷の第一軽石帯とよばれている鍵層で、伊那市では六道原面の上に風成で載り、西側山麓の与地付近では醸層の中に水成で挟まれているものである。(このことは、六道原の喋層は堆積してしまって、乾いていたのでその上に降り積ったが、与地付近ではこの軽石の降った頃にまだ山地から運び出された礁が堆積を続けたことを示している〉中原の井戸ではこの軽石層の下に上古田付近ではこのような軽石層は地表調査では発見されていなくて、醸層の上を覆うロム層(俗に赤土、波田ロムとよばれこの下に小坂田ロムがある。第一軽石帯は、小坂田ロLムの最下部にある〉が昭和橋付近


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