箕輪町誌(自然現代編)

箕輪町誌のデジタルブック 自然現代編


>> 7

毎日の雨降りのために山々の谷・天竜川水嵩も増し、人々は一時も早く晴れるのを心から祈念の思いでいた。寝る頃から南よりの暴風雨となって吹荒れ樹の枝葉は折れ、家は潰れる事を恐れて馬を連れ、子持は子供を背負いて避難の用意をしていたが夜明けと共に風も納まり雨もやんで一・安心した。山田の水を見に一巡りしたが、田圃の稲も青々していると言うのに、畑の大麦は青々と芽が吹いていたというまともには見られない状態であった。朝食後大麦苅りに出掛たが、何処の畑を見ても昨夜の暴風雨で手が付かず大概は穂がすっとんで穏のついたものは見たくもない程無残であった。幾日も曇り、蓋になっていた雨雲もすっかり何処かに行って此の広い空は一片の雲もなく晴れ渡り近所の畑でも大勢の人が麦苅りをしていて「この様に大麦のもやしが出来ると沢山の飴が出来るわ」と大声で話合っているとき「ボオンボオン」と澄心寺の鐘声が聞えると同時に上の方から澄心寺に「強盗が入ったでみんな登れ」の大声がしてしきりと鐘が鳴っている。駆け上がって銀杏の樹の所までいった時高い石垣からは一面に甘酒の様な柔かな泥が落ち初めていた。鐘楼では全身の力をこめて鐘を打続けている。下から来る人は手に手に鍬か万能鍬だの竹槍、樵斧、根棒をもっている。強盗が入ったと聞いたからだろう。その時「地震だ地震だ」大勢の人が異口同音に叫ぶを見ていると、南沢の澗から校のついた青木の大木が根こそぎ抜けてきて泥の中に根元を川下の方に樹胴は見えたり隠れたりして「ダラダラ」と流れていく有様はどう見ても「大蛇が泥の海から泳ぎ出る様」にてその大蛇が一度二度うごくと、本堂の裏にあった司霊堂も土蔵も何時の間にやら潰れて影も形もなく庫裏の後も囲りも本堂の方も中庭も一面に泥の海と化して震動すると同時に亦樹胴が頭を持ちあげ大蛇の如き姿で本堂の中へ庫裏の中へ壁を衝き破って蛇を連れて諸共に遠慮なく潜りこみ床下はいつしか泥に埋まり壁の破れ目から各部屋に大蛇の様な胴樹が泥を滝の様になだれこませ堅固を以てほこる庫裡も本堂もどうなることかと、駆つけた人々は手に汗を握って心配をして是を見守る。」ー


<< | < | > | >>