箕輪町誌(自然現代編)

箕輪町誌のデジタルブック 自然現代編


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発刊のことば回顧すれば昭和四十三年に発足以来、八年余の歳月を閲したことになるが、裁に漸く箕輪町誌第一巻自然現代編を刊行することができて、まことに喜びに堪えない。発刊に際して、発議当時の事情や編集状況の推移等の概略を述べることが、発刊の遅延した実情への御理解を頂くことにもなり、更に今後第二、三巻の発刊への参考にもなるとの見地から、いささか述べることとする。御承知のとおり、箕輪町は甚だ春秋に富む地域で、歴史的に先史原史の昔から各時代区分ごとの遺跡・遺物がその跡を停めている点では、上伊那でも屈指の地域であると多くの史家は指摘している。その代表的のものを挙げて見ると、縄文・弥生の遺跡包蔵地は町内に百五十以上を算え、古墳時代に入っては南信随一の壮大な前方後円墳王墓があり、平安時代には東山道の深沢駅祉が町内に所在したと推定され重文の阿弥陀座像も現存し、その末期には信濃源氏の祖と称せられる源為公の居城上ノ平城が置かれ、更に戦国時代には武田氏の伊那侵攻を防いで勇名を馳せた藤沢頼親の福与域社があり、徳川期に入っては脇坂氏所領統治のための木下陣屋を始めとし幾多の遺跡・遺物が残り枚挙にいとまがない。


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